―ある秋の日に―

 「二、三日時間取れるか?都合つけろよ。次の場所に出てこい。必ずだぞ、もう、君との残り時間も少なくなっているような気がする。忘れるなよ」
 電話の主は幼馴染の義雄からだ。考えてみれば、義雄との付き合いも長い。なにしろ幼稚園時代からの仲良しなのだから。
 「君との付き合いは、おふくろの付き合いの次に長いのだから」
 が、義雄のいつもの口癖だった。時々、思い出したように電話をかけてきて、
 「おい、生きているか。時間があったら出てこい。場所は今日の夕方5時。俺、車を回して駅前で待っているから。あのあたりは人が多いから、長くは車を止められない。だから、時間かっきりに。じゃあな―」

 彼の仕事は医者だ。茫洋とした風貌、もっさりとした歩き方から、外科の医者とは想像もつかない。
 義雄と私が幼い日に交わした約束は、
 「俺、医者になる。お前の最期は俺が見る」
 という、まるで遠い世界、その時が果たして訪れるものかどうかもわからない先の先の日のことを、彼が真面目くさった顔で約束した日からだ。

 あれから何年になるのだろう。指折り数えなければわからない程の月日が、二人の間に過ぎている。
 医学部の予科にいて、何やらふらふらと学内を歩いていた義雄が、果たして医者になれるものかどうか。遊び人の気配もあり、どこか茫洋とした表情を持っている、そんな義雄と私が再び出会ったのは、その大学の図書室で仕事をしていた私のところに、医学雑誌のバックナンバー探しに来た義雄と顔を合わせたからである。
 その時の義雄は、なんとも言えない照れくさそうな表情は、それから後も、私の心のどこかにいつも住み着いて、ふっと思い出すことが多くなっていた。

 小学生の頃から柔道をやっていた彼は、どちらかと言うとずんぐりむっくり型で、とかく冷静・沈着・瀟洒等と評されがちな、外科医という職業から遠いところで「遊び心大あり」の学生になっていた。
 その時、久しぶりに顔を合わせたのだが、一人前の医者になるのには、他の学科より長い時間が必要な医学部の過程を修了して、国家試験を通過するまでの長い時間、果たして彼が持ちこたえることができるかどうか。目の前にいきなり現れた、まだ少年期そのままの雰囲気を持つ彼がカウンターの前に立ち、「よう、元気か」と顔を上げた私に声をかけてきた。

(2に続く)